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    熊本地震を振り返って:その5立野の先で見たものとは

    • 2016.06.11 Saturday
    • 12:46
    JUGEMテーマ:大地震
     
    前回のお話

    広がる避難所格差

    迫り来る豪雨

    懸念される避難所の治安

    豪雨と地震の中、耐える車中泊


     
    そして今回、翌日向かった先の立野で見たものとは?

    前日の雨も上がり、再び大津町まで戻ってきた我々は、
    引き返した地点を越え一路阿蘇へと向けさらに進んで行くのであった。

    下の写真は南阿蘇手前の立野地区であるが
    今回は画像が多めなので分かりやすいように画像の位置を記してみた。


    しばし進むこと小一時間、最終的には南阿蘇手前の立野にある阿蘇立野病院(D地点)の先で
    橋(E地点)が完全に崩落しており通行不可になっていた。
    ちなみに道路自体は病院の前で封鎖していて、下の写真を見て頂ければ分かるが
    封鎖していたのは警察でもなく民間の警備会社が二人、
    おまけにただコーンを並べて置いてるだけである
    大津町でもそうだったが夜間の通行止めが機能しているかどうか不安を感じざるを得ない
    なんせこの先は大規模な山崩れで道と橋が丸ごと崩落しており
    夜は視界が取れるほどの明かりは無いだろうから。



    さてここから先にはもう行けないので病院の様子を見てみる事に、
    非常ベルがずっと鳴り響いている割には人の気配も無く、施錠は一応されていたが、
    割れた窓などからの侵入は容易であり、また荒らされた様な形跡もあった
    正面の外観等はまだマシだが至る所でガラスは割れ、壁や天井が一部崩れ落ち、非常に危険である



    院中には入ることは出来ないのでざっと周囲を調べつつ、
    近辺の聞き込みをすると不審な人物や空き巣などが出没しているようだ。
    非常ベルも鳴りっぱなしだったので役場のほうへ念のため知らせつつ調査を終える。

    一先ず行きは周辺を注視せずに来たので、来た道を戻りつつ
    じっくり周辺の状態を見ながら別ルートを探すことに。
    だが道は阿蘇に近づくほど亀裂等ダメージがちらほら見えるようになり
    ↓はB地点の周辺


    地震と豪雨の影響からか、周囲の山などはあちこちで大規模に崩れていた
    下の写真(C地点)は畑だったらしく丁度持ち主の人が様子を見に来ており、話を伺うと
    再建出来るのかどうかすら分からない、こんな事は初めてでどうすれば良いのかと
    不安と驚きが入り混じりつつも、規模が大きすぎて半ばあっけに取られていた感じだった。




    本来ならE地点の橋が落ちていてもC地点の下道から南阿蘇村まで行けそうではあったが・・・


    上はグーグルMAPのストリートビューで見た熊本地震以前の同じ場所だが、
    これが、地震で・・



    これである・・・

    徒歩なら迂回して畑を突っ切ればなんとかなるが車を置いて行く訳にも行かず、
    流石に空は飛べないのでこの方面から向かう事は断念さぜるを得なかった。

    ちなみによそから見物に来ていたのか、近隣の様子を見に来た住民なのか、
    はたまた件の不審人物(空き巣)なのか分からないが、
    他にも他県ナンバーの車やバイクで来ていたりした人がちらほらと見かけられた。

    が、非常に危険であることは現地に行った者であればすぐに分かるだろう
    回りはあちこち崩れかかってるし雨や地震で地盤が相当ゆるんでいそう
    興味本位で見に行ってみた等はしないことをオススメしたい。
    この道だけでも申し訳なさげ程度に道に棒を置いて遮断しているだけ
    夜間だと気づかずに突破してそのまま真っ逆さまになること請け合いだ
    警備というかそういう類の対策はさっぱりなので
    本当に危険な場所でも入れてしまう状態だったからもはや言わずもがな。
    本気と書いてマジというくらいヤバイのである。


    後は帰りしなに見かけたA地点には学校が有ったのだが
    裏手の国道沿いに面した駐車場等が崩れ、1F部分がめちゃくちゃになっていた

    ここも避難所になっていたが近所に店もなくライフラインがやられており
    また他の避難所と同じく情報がすぐには行き届かないので数日は支援が来なかっただろう

    現代でならば、フェイスブック・ツイッター・SNS等情報発信の手段と容易さから
    行政・・は兎も角としてフットワークの軽さから民間の支援ならば直ぐに出来るだろう。
    しつこいようだが今回市区町村大小様々な行政側(お役人)を見てきたが、
    これがネットやPCがあまり普及していなかった数十年前ならばどうなっていたことか
    もちろん役人の中には身を粉にして働いている人も居るだろうが
    しかしお世辞にも上がしっかりしていたかどうかというと疑問であった。

    やはり緊急時には自分の大事な者は自分で守るしかない精神で
    普段から連絡を密に備えておくのが大事か、そして情報伝達の重要性がマシマシである。
    特に行政にはいい加減学んで活かして欲しい所だ、大多数の人は安くない税金を払ってる事だし。
    岡山なんて特に普段から災害が少ないのでいざとなった時が心配で堪らないもんだ。
    大都会岡山と言われているが車でちょっと行けば立野見たいな場所は沢山あるしな・・・


    ・・
    ・・・
    ・・・・
    そんなこんなで物理的な通行止めを避け大回りしてきたが
    流石に橋や道が物理的に無くなってしまってはどうしようもない
    ・・・まあ多少の段差程度なら突っ込んでいただろうが。

    山の中ではネットも使えないので町に戻りながら今後の指針を決めようと
    PCを弄くっていたが、ふと初日の拠点として紹介されていたエミナースをみると
    なんといつの間にか避難所に指定されていたのである。
    たしかホテル自体が営業出来ないレベルだったと思ったが、場所もそんなに離れて居ない様なので
    事の真偽を確かめるべくそちらに向かうのだった。



    次回
    エミナース会長との面談
    ネットで問題視されていた某ボラ団体との遭遇
    実録!避難所になったエミナース
    の三本です

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